ほたるとゆき |
02-05 |
関西蛍雪山岳会 |
日程 |
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行先 | 担当 | ||||
11/02〜11/06 | 西表島 | 岩田 | |||
11/10 | 蓬莱峡 アイゼン | 岩田 | |||
11/17 | ロックガーデン アイゼン | 飯窪 | |||
11/24 | 不動岩 | 岩田 | |||
11/22〜11/24 | 立山 山スキー | 上原 | |||
11/30〜12/01 | 京都北山 ボッカ | 村上 | |||
12/07〜12/08 | 納山祭 磐船神社 胎内巡り 交野山 ボルダリング |
飯田 | |||
12/15 | 蓬莱峡 アイゼン | 村上 | |||
12/22〜12/23 | 伊吹山 | 村上 | |||
12/22〜12/23 | 八ヶ岳 | 岩田 | |||
12/21〜12/23 | 栂池 山スキー | 上原 | |||
12/28〜12/31 |
冬山合宿 爺ヶ岳〜鹿島槍ヶ岳 |
村上 | |||
例会日: |
11/13(水) 明和ビジネス 11/27(水) 第1会議室 |
12/04(水) 第1会議室 12/18(水) 第2会議室 |
1/09(木) 1/22(水) |
05/26 |
浅間山 櫻井 昨年夏の山渓で浅間山の登山規制が緩和されて外輪山の前掛山までいけるようになったのを覚えていたので、早速物見遊山に行ってきました。絶好の五月晴れの頂上から眺める中部山岳のパノラマはなかなかのものでした。 |
08/24〜08/25 |
南紀 岩田 秋田 村上 中尾 石塚 あすなろ: 実村 矢野 実崎 ACS: 濱口 ナメ滝、美滝、焚火・・・と沢登りの楽しい要素が全てつまった山行になりました。 ナメ滝で滑り台の様に滑った秋田さん、木の橋を折ってルートを破壊した村上、Vの字で頭から岩にはまった中尾さんとこれでもか、これでもかと事件が起こりました。ちょっと車で6〜7時間と遠いですが、また来年も行きましょう。 |
08/31〜09/01 |
キャンプ大会・赤坂谷 岩田 秋田 村上 飯窪 田中澄 石塚 堀ファミリー 谷岡 上原 OB: 大前 土井 寺井夫妻 関東: 曽我 あすなろ: 6人 ACS: 濱口 車で八日市インターをおりると雨がぱらついていた。ローソンでビール、酒、買出し後池田キャンプ場へ。・・・中略 途中雨も風もさらに激しくなりシートが舞い上がりポールがたおれたりと大変だった。翌朝、起きると久しぶりに柴谷氏が来ていた。雨はあがっており赤坂谷沢登りに向かった。 |
09/08 |
大峰・西ノ谷 桜尾 上原 水がチョロチョロ流れている沢を延々と歩いた。この沢は降雨直後か梅雨明けぐらいでないと沢登りができないようだ。 |
09/09 |
巻機山 櫻井 東京の実家に帰ったついでに足を延ばしました。前夜に登山口に入り米子沢をと思っていましたが、仕事疲れの身に鞭を打つ気になれず断念。翌朝一番の新幹線で東京を立ち、井戸尾根往復でその日の内に大阪に帰りました。またしてもお気楽な物見遊山となりました。 |
09/19〜09/21 |
前穂岳・四尾根 岩田 村上 堀 川辺 田中澄 谷岡 奥又白池はもういい場所が無いくらいテントで一杯だった。3時起床で早い出発のお陰で北条・新村ルートに行く村上・川辺パーティは1番に取り付いた。松高ルートは1ピッチ目のルンゼの状態が良くないのでこの取り付点からトラバースして、2ピッチ目から登攀を始める。先行1パーティに続いて岩田・田中パーティ、堀・谷岡パーティの順。後のパーティにせっつかれ?ながらも無事登り終える。ハングにはお助け紐があり、カラビナももちろんつかんだ。それにしても取り付までと終了点からの道の荒れている事、落石の巣だった。 |
09/29 |
保塁 岩田 石塚 OB: 田口 寺井 サラマンは初めての挑戦。2テンションでどうにか登れた。 田口さんもサラマンはテンションをかけたが、昼からのルート全て完登しました。往年の名クライマーの復活です。 |
10/11〜10/13 |
丹後山・中ノ岳・越後駒ケ岳(縦走) 櫻井 久しぶりの一人縦走をしました。丹後山からの稜線から眺める、中ノ岳は紛れもなく名山です。荒沢岳も美しい。あれにも登らなければ・・・。縦走の最後の越後駒ケ岳は連休で賑やかだった。時間の都合で駒の湯で風呂に入れなかったが、ここからの駒 ケ岳の堂々たる風姿で十分報われた。 |
10/12 |
白山 上原 天候に恵まれ、北アルプスから南アルプスまでの大パノラマを満喫した。無雪期では初めてストックを使うという中高年スタイルで登ったが、膝の負担が軽くなった。 |
10/12〜10/14 |
黒部 下の廊下・仙人池 秋田 村上 飯田 中尾 田中澄 谷岡 井上 秋晴れの雲一つない青空に恵まれ、紅葉・黄葉と温泉を存分に楽しんだ。今コースの白眉は裏劔の勇姿と仙人新道のまさに紅葉のまっただ中を歩く、稜線歩きだった。池の平小屋は気持ちのいい広い鞍部にあり、ぜひ泊まってみたいと思わせる所だった。 |
その他(メール等) 岩田さん、川辺君、田中さん、村上の4人で蓬莱峡に検定講習に行ってきました。 参加者が6人だったので蛍雪が過半数を占める盛況ぶりでした。私の印象ではああ今まで結構基本を無視して登ってきたなあというふうに感じました。基本からじっくり説明されると正直目から鱗状態の事が何個かありました。(何年やっとんや、お前は・・・・すいません・・・)私は試験が西表と重なっており2年かけて(ひょっとしたら3年?いやそれ以上?)検定を受ける事になりますが、今までの遅れを取り戻して受講していきたいなと思っています。それと特筆すべきはすみちゃんが蓬莱峡をトップで登ったことです。 「それではリードで登ってください」といわれ心の中では(うっ、リードしたことないんやけどな・・・でも言い出せないな・・・)と思いながら登ったそうです。すみちゃんに拍手、パチパチパチ・・・・ 村上 (10月16日) 指導員研修会(兼)養成講習会・搬出技術を受講しました。 参加者は、10月26日(土)講義: 岩田さん・堀さん(指導員)、 上原さん・石塚さん(一般)、川辺さん、村上さん、田中(養成講習会) 10月27日(日)百丈岩での実技: 上原さん以外でした。 26日の内容は、大塚製薬の方の講義、両神山(八丁峠)遭難救助報告(ビデオ)各種技術、器具の検証(意見交換会)、などでした。 技術の検証では、指導員の皆さんは、それぞれ体験に基づいた自分の考えを持っていらっしゃるので懸垂下降の際にバックアップを取るかどうかでも、喧喧諤諤の議論が交わされ、結論もなかなか出ませんでした。要約すると、懸垂下降する人の技術に合わせて対応しなければいけないということでしょうか。27日の実技は、村上さん、川辺さんと一緒の班で、指導者の一人が岩田さんでした。東壁ハングを人工で乗越そうとした際ピンが抜け、宙吊りになった。その際に右足、右額を強打。右脛骨を皮下骨折。右額より出血、という想定でした。私は、自己脱出のところの実技を体験しました。前に習ったのにもかかわらず、やっぱり忘れていたのですが、実技の後で、実演している人を見ながら何回か復習したので、いまなら、自己脱出はバッチリです。 川辺さんは、怪我人の所まで登って行って怪我人を固定し、降りてきてロープをフリーにした後登り返して怪我人と一緒に懸垂下降する という(一番ややこしそうな)部分を実演されました。川辺さんには指導員の方がつきっきりだったので、厳しく指導されて苦労していたようでした。でも、隣では、C級受験中の方が2人で相談しながら実演していたのですが、自己確保をはずすのを忘れて登ってしまい、身動きがとれなくなって、もっと苦労していました。 テラスまで怪我人を下ろした後は、岩場を怪我人と一緒に懸垂下降する方法で降り、傷の手当てをしてから登山道をザックを背負子にして怪我人を背負って、確保されながら降りる方法で、茶店まで戻りました。 登山道を降りるのは、最近、蛍雪の救助訓練でしているのと同じ方法でした。その後、やぐらのところで、難しいことを色々と習いました。 |
ロックされてしまったルベルソの解除の方法(マニアックな方法と、一般的な方法)斜めにロープを張りながら、怪我人と救助者を吊り上げ、チロリアンで向こう側に渡す方法(あいだ川や大きな岩がある所を通過する際に使うそうです)とか、渡渉するときの確保の方法(上流と下流の2ヶ所で確保し、対岸に着けそうもない場合は、下流の人が引っ張って、岸に戻す)1/3システムで怪我人を上に吊り上げる方法などです。 今回の『目からうろこ』は、プルージック登りの新たな使い道を知ったことです。あれもこれも教えたいと思って、盛りだくさんの内容になっていたのだと思うのですが、救助初心者としては、まず自己脱出をきちんとマスターして、それから1/3システムをマスターし、その後で、じわじわと難しいことにも挑戦していこうと思いました。次の遭難救助訓練までに練習しておく必要があると思ったのは、プルージックでロープを昇り降りする方法です。これまで、プルージック登りは、きちんと確保しなくても大丈夫だけれど、落ちると危ない緩やかな岩場を3人以上のパーティーが通過する際に、時間の節約のために使うものだと思っていたのでシュリンゲも、それに合わのでシュリンゲも、それに合わせた長さの物を準備していたのですが、救助の際のように、急な岩場や空中を登る場合には、それではだめだと言うことがわかりました。 田中澄子 (10月27日) 今日27日、実技講習を受けてきました。参加者は、会長、村上さん、堀さん、川辺さん、田中さん、自分の6人でした。26日の予定では三つの班に分けて行動するはずでしたが、一番、初心者ばかりの班は僕もですがリーダーが遅刻してきたりとパーテイが成立しなくなって堀さんらの班と一緒に行動しました。怪我をした人を下ろして運ぶ。会長らの班よりかなり早く降りてきました。あとは全員で講習をして終わりました。内容はまた会の方でもするそうです。 石塚 (10月27日) C級検定報告 その2 です。 岩田さん、川辺さん、村上さん、田中の4人で、百丈岩に行ってきました。 岩田さんは、講師として参加、他の3名は生徒です。川辺さんは、平成山岳会の方と2人組になり、村上さんと私は、この2人にはきちんと教えないといけないと思われたのか、青穂クラブの女性と3人で、指導委員長の小畑さん じきじきの指導を受けることになりました。 今回も目からうろこがボロボロ、ポロポロ と剥がれ落ちました。なんといっても、一番の収穫は、素早いザイルの巻き方を習ったことでしょうか。何年も、岩登りをしているはずなのに、ザイルの巻き方から指導されるなんて...お恥ずかしい限りです。 村上さんは、ルベルソの使い方をほぼマスターされました。 岩田さんは、生徒さんから、『これからも教えてください』と熱いまなざしをむけられていました。 川辺さんがどんな状況だったのからは、先に帰ってしまったので、聞けませんでした。また、例会で、聞いてみてください。 田中澄子 (10月30日) |
本日、西表島より帰阪しました。 2日に石垣島に着き、3日の朝一番の高速船で西表島に入りました。(入山届けを出しに行ったら、行方不明者の写真が7〜8枚あり。) 仲間川をチャーター船で最深部まで送ってもらい、そこから遡行開始。ハブにびくびくしながら進むも、だんだん慣れてきて忘れてきた。それよりも今まで見たこともない渓相に驚きの連続。木や枝・草につかまりながら、大淵を水上トラバースしたり、それはそれは、おもしろかった。その夜は全員、イリオモテヤマネコの鳴き声を聞くことができ、一人は寝ていてテントの外の、なにか軟らかい生き物をテント越しに触れたとのこと。それは何だったんやろう・・・。 4日は藪こぎ(アダンという根曲がり竹?)と地形図と磁石とずっとにらめっこしながら、あっちや・こっちやとわめきあいながら、どうにか仲良川に降りることができた。(標高は300メートルぐらいやから、少し軽くみていたがこれでは、行方不明者が出てもおかしくはないと痛切に感じた。) 懸垂下降をまじえてきれいな沢を下降し、初めての登山道に出てほっとする。無事夕方に船着き場に到着。後は明日の8時の迎えのチャーター船を待つだけです。 その夜はいかだの上で打ち上げの宴会(酒が少なかった)をやりました。頭上の森に猿が、川にわにが泳いでいても全然不思議では無い世界でした。5日の朝に船が来てくれ、無事人の住む世界に戻って来て、なぜか今回(1か月も山に入っていたように)は懐かしく感じました。 それからは、観光モードにさっそく変わり、レンタカーを借りて星砂の浜や水牛車に乗って、由布島観光(帰りは我々だけ海の中を歩きました。)そのまま西表に残る村上と谷岡さんと別れて、また高速船で石垣島へ戻り、今日(6日)に帰ってきました。 今回の山行もハプニングだらけでした。(蛍雪にの山行はいつでもそうやんけ・・・。)その時は顔が青くなったりしたけど、今となっては笑い話。・・・で良かった。 今回はつくづく日本は長いと思いました。そして我々の知らない世界が日本にも、たくさんあるんやということを改めて感じました。 来年もおもしろい山行を企画します。みんなで行きましょう! 岩田 (11月6日) |